もともと養魚場だった、旅館「淡水莊」を父から受け継ぎ、山の天然水で育てた川魚を、最高の状態でお客様に提供。毎日およそ10万匹の世話をし、台風の時は「寝ずの番」で魚たちを守ります。22歳でUターンし、京都出身の奥様と二人三脚で歩むこと44年。養殖の裏話や想いをお聞きしました。(取材年月 2022年5月)
西上 健一さん(にしかみ けんいち)
昭和30年、那賀町竹ヶ谷(旧・相生)生まれ。相生中学校、県立阿南工業高等学校機械科卒業。昭和49年、高校卒業後、菱電サービス株式会社(三菱電機グループ)に就職し、空調サービスを担当。東京都小平市、大阪、京都等に赴任し、昭和52年、22歳で結婚を機にUターン。父より「淡水莊」を受け継ぐ。
――子どもの頃の西上さんのことを教えてください。
物静かなおとなしい性格でした。私は、二人兄弟の長男です。今、養殖池になっているところは、昔は棚田で、子どもの頃は、田植えや稲刈りの手伝いをしていました。
実は、「淡水莊」の前身は「相生淡水魚センタ-」です。このままでは山の産業が衰退するということで、父を含めた5人の地元有志が、昭和45年「相生淡水魚センタ-」を設立しました。
――最初から家業を継ぐつもりだったのでしょうか?
そうですね。長男が家を継ぐのが当たり前だと、なんとなく思っていました。京都出身の妻とは、職場恋愛だったのですが、結婚を機にこちらに帰ってきました。22歳の時です。妻は、あまりの環境の違いに驚いていました。ちなみに、軽井沢で結婚式を挙げましたが、「淡水莊」でも披露宴をしたのですよ。当時は珍しい、ウェディングケーキを持ち込んで(笑)
――「相生淡水魚センタ-」から、どうして旅館「淡水莊」を始めたのでしょう?
当時、アメゴという珍しい魚の養殖に成功したということで、徳島新聞に大きく取り上げられました。まだレストランもない時でしたが、お客様がアメゴを食べさせて欲しいと沢山来られたのです。なので、必要に迫られてレストランを開きました。開店当初は連日満員となり、店先にテントを立てて急場をしのいだほどでした。
その後、お客様から「お酒を飲んでゆっくり食事がしたいので、宿泊させて欲しい」という要望をいただいて、旅館を開くことになったのです。お客様の声で今に至っています。
ちなみに、アメゴは地方名で、標準名はアマゴと言います。
――自然な流れで、「淡水莊」を開業なさったのですね。ところで、アメゴの養殖は、どのようになさっているのでしょう?
「相生淡水魚センタ-」設立時、紅葉川源流に生息する天然のアメゴを採捕し、親魚として育て上げ、200匹から始めたそうですが、1年で1万匹に増えたそうです。水質などの環境が良かったのでしょう。それから毎年、卵をとって人工授精し、孵化させています。毎年20万粒ほど採卵するのですが、最終的には10万匹程度になります。
――アメゴは何を食べるのでしょう?
現在は、市販の固形配合飼料を与えています。当初は手探りの養殖だったので、水産試験場とのタイアップで研究しながら、蜂の子やゆで卵の砕粒、牛のレバーミンチ、ミミズ、川虫の幼虫、沖アミ等を与えていたようです。
――野生のアメゴはどうなのでしょう?
アメゴは、もともと肉食で獰猛な魚です。水生昆虫をよく食べます。ジャンプしてカゲロウなどの昆虫を捕ることもありますし、小魚や、たまに共食いもします。そのくせ、とても臆病で、人影が川面に映るとサッと岩陰に逃げます。
――どれぐらい育ったら、お料理に出されているのでしょう?
うちで料理に出しているのは、2~3年目のアメゴです。アメゴは2年で成魚になるのですが、実は、刺身用のアメゴは、塩焼き用と別で育てています。刺身になるアメゴは、エサを抑制して、急速に大きくならないようにします。そして、3年目に一気にエサを増やすと、サーモンピンクの綺麗な身になるのです。
――そうだったのですね!先ほど一息にランチを食べてしまったのですが、もっと味わって食べれば良かったです(笑)。とても美味しかったです。
ありがとうございます。うちのアメゴは、塩焼きでも、柔らかくて身がほくほくしていると言っていただけます。
――本当にほくほくで、塩加減も最高でした。ここは、水がとても綺麗だと思うのですが、山の湧き水でしょうか?
はい、そうです。ここより上には民家がありませんので、綺麗な山の湧き水が池に流れてきています。上流には、滝もたくさんあるので、滝で攪拌され、酸素を多く含んだ水になっているのではないかと思います。
地下水で養殖することもできますが、地下水だと水温が一定なので、季節変動がなく、生殖器が育ちにくいそうです。湧き水だと冬場はかなり冷たいので、魚の身が締まりますね。
――自然の山の水で育ったアメゴなので、美味しいのですね。ところで、ときに厳しい自然環境での養殖なので、ご苦労もあったと思うのですが、どんなことが大変でしたでしょうか?
台風の時が大変です。土砂や葉っぱで水路が詰まり、水の流れが止まると、1時間で魚は全滅します。酸素不足になるからです。特に夏場は水温が高く、酸素が不足しやすいです。
なので、台風時は1時間に一度は見回りをします。まさしく寝ずの番です。真っ暗だと不安になりますね。
――それは厳しいですね。逆に、嬉しかったことはございますか?
うちには、お客様が敷地内の釣り堀で釣り上げたニジマスを、その場で調理してお出しするサービスがあります。
ある時、魚嫌いのお子さんがご家族といらっしゃいました。そのお子さんが自分で釣り上げた魚を調理して出したら、わざわざ調理場に来て、「おっちゃん、お魚美味しかった。僕、全部食べれたよ」と言ってくれたのが、一番嬉しかったことです。釣りが初めてのようで、食育にもなると思いました。
――そういえば、生きている魚を見たことがないと、「魚が切り身で泳いでいる」と思う子どももいるとか。冗談のような話です。ところで、那賀町のいいところは、どんなところだと思われますか?
那賀町のいいところは、人のつながりを大事にするところだと思います。隣近所などの相互扶助があります。いつも近所の方が声をかけてくださるし、自分からも声をかけます。
山をおりて町に出ていった方がいれば、誰かがその方の家の周りの草刈りをしています。そして、その方がこちらに帰ってきた時は、地域の祭りに参加されるし、出役(でやく)もなさいます。ちなみに、60代でも若衆ですね。こちらでは、「あんにゃ」と言います。
――ここは竹ヶ谷という地区だそうですが、何戸ぐらい家がありますか?
私が小さい頃は50戸ほどありましたが、今は17戸です。そして、一人所帯が半数ほどです。この5年で一気に人口が減りました。でも、100歳を超えている方もいらっしゃるし、長寿の地域ではないかと思います。
――水が良くて環境がいいからかもしれないですね。これからは、どういう風に暮らしていきたいですか?
日々を大切に、身の丈にあった暮らしをしたいです。いまの自然環境の中で、できるだけ美味しい魚を育てて、お客様に喜んでもらえたら、それが一番嬉しいです。
――最後に、読者の方へメッセージを一言お願いします。
その土地の空気や景色も「味」のうちだと思います。ぜひ、ここ竹ヶ谷に来て、「淡水莊」でゆっくりとお食事を楽しまれてください。
【淡水莊】
〒771-5329 徳島県那賀郡那賀町竹ヶ谷字長門147
<お食事の場合>
営業時間 11:00-17:00(要予約。時間帯は応相談)
水曜定休
お食事メニューは、ご予算等ご相談に応じます。
<宿泊の場合>
1泊2食付き 7,000円~
<釣り堀>
10:00-日没(前日までに要予約)
※竿レンタル無料(エサ付き)
※釣れた魚は1キロ2,000円で購入可能
※その場で食べる場合は、別途調理代