「地下足袋王子」の愛称で知られる「ファガスの森」の管理人・平井さんにお話をお聞きしました。通算500回を超える自然巡りツアーを企画運営し、県内初のシカ肉加工施設を手がけ、「ファガスの森」では、自らもジビエ料理のシェフとして厨房に立たれています。生まれ育った那賀奥・木沢をこよなく愛し、その魅力を伝えようと全力で「チャレンジし続ける」その原動力はどこから来るのか?これまでの軌跡と想いをお尋ねしました。(取材年月 2021年6月)

平井 滋(ひらい しげる)(愛称:地下足袋王子)

那賀町(旧木沢村)生まれ。徳島県立那賀高等学校(農林科)卒。3年弱、兵庫県尼崎で住友金属工業に勤務。10年間、森林組合職員として、国有林の植林業に従事。その後、地元土木建設会社に勤務。1992年~2005年、木沢村議会議員を勤める。2003年より「NPO法人剣山クラブ」会員。2007年~2015年「四季美谷温泉」支配人。2011年より「南つるぎ地域活性化協議会」会長。2013年より「日本自然保護協会(NACS-J)会員。2015年より「ファガスの森 高城」管理人。2017年「NPO法人法人きさわクラブ」設立。

  

――平井さんは、どういうところでお生まれになったのでしょう?

旧木沢村の小畠集落という、標高666メートルにあるとても小さな集落です。私が生まれた頃は、25戸100人程度が住んでおりましたが、現在は、4戸7人しか住んでおりません。近くには、国指定の特別天然記念物「タヌキノショクダイ」生息地があります。

地下足袋王子さんの故郷
タヌキノショクダイ

――自然豊かなところなのですね!

はい。木沢は、四季折々の自然がとても美しいところです。でも、山で生まれ育っても、自分が山に登ろうとは思っていませんでした。生まれてからずっと側にあったこの環境が当たり前すぎて、その魅力に気づかなかったのです。

――どういうきっかけで、山に興味を持たれたのでしょう?

きっかけは、平成16年7月31日からの3日間、那賀町を襲った集中豪雨による土砂災害です。この豪雨で木沢は大きな被害を受けました。激流が集落を飲み込み、道路や橋が随所で崩壊しました。交通網の寸断により、集落は孤立したのです。皆さん、着の身着のまま、近くにある四季美谷温泉へと避難されました。

――それは、大変でしたね。

はい、3日間で2,048ミリというものすごい豪雨でした。その後、国道が通ずるまでの2ヶ月間、温泉も休業を余儀なくされました。その後、復旧したので、皆さんに迷惑をかけた分、無料でお風呂を開放したのですが、思ったより客足が伸びなかったのです。観光客が来なくなれば、ただでさえ過疎の町は忘れ去られてしまいます。そこで、なんとかしなければと思いついたのが、自然巡り「木沢の山と花と温泉ツアー」でした。前任の支配人から依頼を受けて、翌年7月からスタートしました。

――通算500回を超えるツアーだとお聞きしました。

はい、毎週日曜日、16年間で590回ご案内しました。午前4時にマイクロバスで木沢を出発して、6時頃、徳島駅に到着します。そこで、ツアー参加者をピックアップし、雲早山や不入山など、近隣の山々を巡るツアーを終えて、夕刻、徳島駅までお送りしました。16年間で、のべ参加人数は7,091人になります。

――それは、本当にすごいです!

実は、「地下足袋王子」という愛称も、このツアー参加者からいただいたのです。山仕事は地下足袋で行うのですが、私がご案内のとき、地下足袋を履いていた姿を褒めてくださりました。ちょうど「ハンカチ王子」が流行った頃でした。

――私も、初めてお会いするまで「平井さん」という本名は存じ上げず、スマホの登録は、今も「地下足袋王子さん」なのです(笑)

「地下足袋王子」という愛称をいただいてからは、ことあるごとに本名の平井ではなく、「地下足袋王子」で通しています。インパクトのある名前で那賀奥のイメージを定着させることが大事だと思っているからです。「地下足袋王子」を通じて、この地域を有名にしたいと思っていました。

――地下足袋王子さんの企画するツアーで、大事にされていることを教えてください。

最初は、自分自身も山野草の名前を覚えたいし、参加者にもせっかく参加するなら覚えて欲しいと思っていました。でも、途中から、名前だけ教えても仕方ないと思うようになりました。自然は、五感で感じるものではないかと。例えば、草木の匂いを嗅ぐとか、ブナの幹に耳を当てて水の音を聞くとか。落ち葉の層の何層目に虫がいるかなど。参加者の方にも、たくさんのことを教えていただきました。

――私も、子供の頃は、名前が分からなくても草花が好きでした。徳島県北部の出身ですが、周囲には山や小川があったので、よく自然の中で遊びました。

ツアーガイドは、「NPO法人剣山クラブ」の山好きな方々にも応援していただきました。新緑、紅葉、冬は剣山スーパー林道の通行許可を得て、銀世界を探訪しました。遠く県外に行かなくても、ここ徳島で十分に美しい自然を楽しむことができます。

――ツアーをきっかけに、協議会を立ち上げたとお聞きしました。詳細を教えてください。

「南つるぎ地域活性化協議会」と言います。平成23年8月1日に設立しました。徳島県、那賀町、県内登山愛好家団体、徳島森林管理署などで構成されています。地元団体等と行政が連携し、「南つるぎ」の環境保全と自然の魅力発信に取り組んでいます。

設立同年に、南部県民局と南ルートの調査を開始しました。その後、民間団体と行政との連携で、「おひさんプロジェクト」と題して、登山道の整備や道標の設置、流木撤去などを行っています。

――シカ対策も、なさっているそうですね。

はい。シカの食害が目立ち始めてきたので、樹木ガード、シカ除けネットを設置しています。樹木ガードの資材等は、徳島森林管理署から提供していただきました。余談ですが、樹木などが発散する化学物質に「フィトンチッド」というものがあります。健康促進だけでなく、癒しや安らぎを与える効果もあるといわれています。だからこそ、自然環境の保護が必要だと考えます。

――自ら、シカの解体やジビエ料理もなさってるとお聞きしましたが、どういう経緯で始められたのでしょう?

先ほどの話に関連しますが、平成17年頃、シカの食害が目立ってきて、県からシカの調査を始めましょう、というお話がありました。たしかに、食害で山が荒れ始めていました。その後、駆除したシカを加工処理する話が、ヤル気のある役場職員から出たので、すぐさま「加工処理は私がする」と、手を上げました。その後、「阿佐地域鳥獣害防止広域対策協議会」を発足し、関係者17名が、兵庫県のシカ肉加工に取り組んでいる施設を見学に行きました。そして、平成22年、徳島県第1号となる「木沢シカ肉加工施設」が出来たのです。総事業費は、およそ279万円です。作業場と解体場の2部屋、12.5㎡のプレハブハウスで、外に洗浄場を設置しました。小さな設備だと、さほどお金はかからないのです。

シカの食害で荒れた山

――すぐにご自身が手を上げられる行動力が素晴らしいですね!

もともと猟師の経験はあったので、解体、加工処理は苦にはならなかったのですが、保健所の許可を貰うまでが大変でした。研修を受けて、何時間も保健所で勉強会です。徳島県で第1号なので、県も分からず、手探りの状況でした。それでもなんとか稼働して、平成28年には、改築した施設も出来ました。より機能的な設備を備えています。ちなみに、これまでに解体加工したシカは、1,000頭以上になります。

――どういう流れで、捕獲されたシカがジビエ料理になるのでしょう?徳島県内の料理屋さんで、たまに「ジビエ料理」の案内も見るようになりましたが。

「阿波地美栄処理衛生管理ガイドライン」に沿って、しっかりした手順で解体、加工、調理され、皆さんの口に入るようになっています。「阿波地美栄」と徳島県食材を使った料理を提供する、県が認定した料理店が、現在では数十店舗あるはずです。

「ファガスの森」シカハンバーグ
「ファガスの森」鹿肉カレー

――私は、ファガスの森の「鹿肉カレー」が大好きです!本当に美味しい。でも、命をいただくということを考えると、感慨深い気持ちになります。特に、こういう壮大な自然の中にいると、命をすごく実感します。

『いのちをいただく みいちゃんがお肉になる日』という絵本があります。食肉解体業に携わる人間は、「命を解く」という言葉を使います。私は、ある方からこの本を教えてもらいました。実際に、食肉センターに勤めてる方の想い、そして、小さい頃から牛の「みいちゃん」と一緒に育った女の子の話です。たしかに、好んでやりたい職業ではないかも知れません。でも、誰かがやらなければならない仕事でもあると考えています。悩んだこともありますが、この本を読んで、また前を向くことができました。

――「いただきます」と、ちゃんと命に感謝して食べたいです。ところで、写真撮影がお得意だそうですが。

自宅からの風景や、木沢の自然を毎日撮っています。新聞にもよく投稿させていただきました。写真は「心」だと思います。ありがたいことに、写真のおかげでお客さんも増えてきたように思います。

――地下足袋王子さんの撮られる写真は、本当に美しいです。自然の表情が、刻一刻と変わる瞬間を見られるって幸せですね。

ありがとうございます。ここには、自然があります。自然しかありません。でも、それが、一番の自慢です。

第1回「わたしの美しの森フォトコンテスト」林野庁長官賞 2016.11.25撮影
第5回「とくしま花のある風景写真コンテスト」最優秀賞 2009.1.11撮影
自宅からの眺め

――そういえば、以前、花の本を出版なさったとお聞きしましたが、詳しく教えてください。

平成24年「木沢の山と花と温泉ツアー300回記念誌」として、那賀町観光協会から出していただきました。たくさんの山野草を写真入りで解説していますが、残念ながら、もう在庫はありません。できることなら、もう一度、出版したいですね。

――今のお仕事で大変なこと、楽しいことを教えてください。

大変なことは、そうですね。特にありません。今、一番好きな職業をしていると思います。いろいろな方と会えて、それぞれのお話を聞けるのが楽しみです。料理も好きですね。

取材時にいらっしゃったお客様

――素晴らしいですね!私も、人と会うことが大好きです。今回、平井さんと再会するのを楽しみにしていました。那賀町に住みたいという方に向けて、お伝えしたいことはございますか?

実際、やってみないと、住んでみないと分からないことが多いのではないでしょうか。住み着いたらそれなりの苦労もあるでしょうけど、自然豊かな環境が好きな方には、那賀町はいいところだと思います。強いて言えば、どういう想いがあって那賀町に住みたいかをしっかり考えてから来た方がいいかも知れません。目的が大事ですね。

――分かります!私は、5年前、東京から那賀町に移住したとき、最初から「三味線教室」を開くことが目的でした。主人が選んだ町でしたが、目的がはっきりしていたので、実際に住んでからも、自らがしたい方向性に沿って、いろいろな方と出逢い、やるべきことが見えていった感じです。そろそろ、最後のご質問になってくるのですが、地下足袋王子さんにとって、人生で大事なことは何でしょう?

とにかく、元気で生きていくことです。そのためには、よく人と接して、いろいろなことを教えたり聞いたりすることです。私は、自然と供に生きていきたいです。あと、歩くことが大事です。1週間に1回、4、5時間の山歩き。内蔵への刺激があり、免疫力もつきます。平地より山がいいのは、じんわり汗がにじみ出してデトックスできるからです。多少晩酌しても、山を歩けば大丈夫です(笑)

――これからの季節、山は気持ちよさそうですね!では、最後に、読者の方へメッセージを一言お願いします。

ぜひ、地下足袋王子に会いに「ファガスの森」に遊びに来てください。お待ちしています。

※一部写真は、平井滋さんにご提供いただきました。

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那賀奥・木沢「自然の魅力」を全力で伝える。◆平井滋(地下足袋王子)(「レストハウス・ファガスの森 高城」管理人)

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